弁護士に問題があったとき、何ができるのか
依頼した弁護士の対応に重大な問題があった——預かったお金を返さない、依頼を放置している、虚偽の説明をした、利益相反の関係にある相手の依頼も受けていた。こうしたとき、依頼者は何ができるのか。
選択肢は3つある。
- 弁護士会の市民窓口に苦情を申し立てる(軽微な問題・コミュニケーション不全など)
- 懲戒請求を行う(弁護士法違反の疑いがある場合)
- 損害賠償請求を行う(実損害が出ている場合、民事訴訟)
このうち、弁護士業界の制度として独特なのが懲戒請求だ。一般市民が弁護士の処分を求めて手続きを起こせる仕組みで、年間約2,500件の請求が出されている(日弁連統計)。
この記事では、懲戒請求がどう審査され、どう決定されるかを解説する。
懲戒請求は「誰でも」できる
懲戒請求は誰でもできる(弁護士法第58条第1項)。依頼者本人である必要はない。相手方代理人の対応に問題を感じた、第三者として弁護士の活動を見て問題を感じた——いずれも請求権がある。
ただし、根拠のない懲戒請求を大量に出した場合、逆に名誉毀損で損害賠償を請求されたケースもある(2017年の朝鮮学校補助金関連での大量懲戒請求事件など)。請求は事実に基づいて、慎重に行う必要がある。
ステップ1:懲戒請求の申立て
弁護士に対する懲戒請求は、その弁護士が所属する単位会(弁護士会 全国52会のうちの1つ)に対して行う。
必要なもの
- 懲戒請求書(書式は各単位会のサイトでダウンロード可能)
- 対象弁護士の氏名・登録番号・所属事務所
- 懲戒を求める事由とその根拠(具体的な事実関係)
- 証拠資料(契約書、領収書、メール、SNSのやりとりなど)
注意点
- 手数料は無料
- 弁護士に依頼する必要はない(本人申立て可能)
- 申立て後、対象弁護士に氏名が通知される(匿名請求は不可)
- 単位会は受理した懲戒請求を「自由と正義」誌に記載する(懲戒請求があった事実が公表される)
ステップ2:綱紀委員会による調査
申立てを受けた単位会は、まず綱紀委員会に事案を回す(弁護士法第58条第2項)。
綱紀委員会は弁護士会内部の委員会で、構成員は弁護士・裁判官出身者・検察官出身者・学識経験者で構成される(弁護士法第70条の2)。
調査の内容
- 請求者・対象弁護士の双方から事情聴取
- 提出された証拠の検討
- 必要に応じて第三者への聴取
調査期間は事案により数ヶ月から1年以上にわたる。
綱紀委員会の判断
- 懲戒事由なし: 「懲戒しない」と決定 → 請求者に通知
- 懲戒事由あり: 懲戒委員会に付託
「懲戒しない」決定に不服があれば、請求者は日弁連の綱紀審査会に異議申立てができる。
ステップ3:懲戒委員会による審理
綱紀委員会から付託を受けた懲戒委員会が、最終的な処分を決める(弁護士法第64条)。
懲戒委員会も弁護士会内部の機関で、構成員は綱紀委員会と同様に多様な背景を持つ。
審理の流れ
- 対象弁護士の弁明機会の付与
- 関係者の聴取
- 必要なら審問期日を開く(公開・非公開は事案による)
- 処分の議決
ステップ4:処分決定
懲戒委員会が処分を議決すると、それが単位会の決定となる。処分の種類は戒告・業務停止・退会命令・除名の4つから選ばれる(弁護士法第57条)。
ステップ5:官報公告と「自由と正義」誌掲載
処分が確定すると、官報で公告される(弁護士法第64条の6第3項)。これは公的記録で、誰でも閲覧できる。弁護士マップの懲戒処分データベースは、この官報情報を一次ソースとして集約している。
同時に、日弁連の月刊機関誌「自由と正義」にも掲載される。こちらは弁護士向けだが、図書館や大学法学部で閲覧可能だ。
不服がある場合の二次審査
処分を受けた弁護士が不服を持つ場合、または「懲戒しない」決定に請求者が不服を持つ場合、日弁連に審査請求できる。
日弁連には独自の綱紀委員会・懲戒委員会があり、単位会の判断を再審査する。日弁連が処分を取り消したり、逆に強化したりすることもある。
日弁連の決定にも不服があれば、最終的には東京高等裁判所に行政訴訟を提起できる(弁護士法第61条)。
請求から確定までの所要期間
統計的には次のような目安だ。
- 綱紀委員会の調査: 6ヶ月〜1年
- 懲戒委員会の審理: 3ヶ月〜1年
- 不服審査(日弁連): 6ヶ月〜1年
- 裁判所への提訴: さらに1〜3年
初回申立てから最終確定まで、1〜3年かかることが珍しくない。
懲戒請求の実際の数
日弁連の統計(年次報告)によると、近年の懲戒関係の数字は次のようなオーダーだ。
- 年間の懲戒請求件数: 約2,500〜3,000件
- 綱紀委員会で「懲戒相当」と判断される件数: 約100〜150件
- 実際に処分が下される件数: 約100件前後
つまり、懲戒請求の大半は「懲戒しない」決定で終わる。これは請求の根拠が弱い場合や、感情的な不満で出された場合などが含まれるためだ。
弁護士マップの懲戒処分データベースには、官報公告された約2,000件の処分情報を掲載している。これは1955年頃から累積した記録で、現役弁護士の懲戒履歴も含まれる。
結論:制度を知っているだけで選択肢が増える
懲戒請求は「最後の手段」だが、制度があること自体を知っているかどうかで、弁護士に依頼した後のトラブル対応に大きな差が出る。
軽微な不満なら市民窓口で十分。明らかな違反があるなら懲戒請求も視野に入れる。実損害があるなら民事訴訟も併用する。これらの選択肢を組み合わせて使えるのが、弁護士業界の特徴だ。
依頼前には懲戒処分データベースで過去の処分歴を確認し、依頼後にも問題があれば適切な手続きを使う。それが依頼者として弁護士業界の制度を活かす方法だ。