交通事故

通勤中の交通事故は労災も使える|自賠責との関係を整理

弁護士マップ編集部
7分で読める

通勤途中に交通事故に遭った人の多くが、「相手の自動車保険で全部やってもらうもの」と思い込んで、労災保険をまったく使わずに手続きを終えています。中には、会社から「通勤中の事故は労災じゃないから」「労災を使うと会社に迷惑がかかるから」と言われて、そういうものかと引き下がってしまう人もいます。

どちらも誤りです。通勤中の交通事故は「通勤災害」として労災保険の対象になり得ますし、労災を使うかどうかを決めるのは会社ではなく本人です。そして、自賠責・相手の任意保険と労災は「どちらか一方しか使えない」ものではなく、組み合わせ方次第で受け取れる総額や安心感が変わります。この記事では、その整理をします。

そもそも「通勤災害」と認められる範囲はどこまでか

労災保険の通勤災害は、「住居と就業場所との間の往復」などを、合理的な経路および方法で移動している間の災害を指します。ポイントは次のとおりです。

  • 電車・バス・自家用車・自転車・徒歩など、移動手段は問わない
  • いつもの経路でなくても、合理的な範囲の迂回(工事による回り道など)は対象になり得る
  • 経路を逸脱(通勤と無関係な目的で経路を外れる)または中断(通勤と無関係な行為をする)した場合、その間と以後は原則として対象外
  • ただし、日用品の購入、病院での受診、選挙の投票など、日常生活上必要な行為を最小限の範囲で行う場合は、経路に戻った後は再び対象になる

たとえば、帰宅途中にスーパーで夕食の買い物をして、通常の経路に戻ってから事故に遭った場合は対象になり得ます。一方、仕事帰りに映画を観に行く途中の事故は難しい、というイメージです。認定するのは労働基準監督署であり、微妙なケースは自己判断で諦めず、まず申請・相談してみる価値があります。

なお、仕事中(外回りや配達中など)の事故は通勤災害ではなく「業務災害」となり、やはり労災の対象です。

労災と自賠責、何がどう違うのか

両者はカバーする範囲も性質も異なります。主な違いを表で整理します。

項目自賠責保険(相手側)労災保険
治療費支払い対象(傷害は120万円の法定限度内)労災指定医療機関なら自己負担なしで治療を受けられる
休業補償休業損害として支払い対象休業(補償)等給付として給付基礎日額の60%+特別支給金20%
慰謝料対象(傷害・後遺障害・死亡)制度上、慰謝料は存在しない
物損対象外対象外
被害者の過失の影響重大な過失がある場合に減額あり原則として過失による減額なし
支払いの上限法定限度額あり治療費・休業給付に金額上限という考え方がない

この表から、それぞれの得意分野が見えてきます。

  • 労災の強み:治療費の自己負担がない、治療が長引いても打ち切りの圧力を受けにくい、自分の過失が大きくても減額されない
  • 自賠責・任意保険の強み:慰謝料や物損など、労災がカバーしない損害を請求できる

二重取りはできない。でも「調整されないお金」がある

同じ損害について労災と相手の保険の両方から満額を受け取る、いわゆる二重取りはできません。たとえば治療費を労災で受けたなら、同じ治療費を相手の保険にも払わせることはできず、支給調整が行われます(労災側が相手方に求償する仕組みです)。

ただし、重要な例外があります。労災の特別支給金(休業特別支給金など)は、損害の穴埋めではなく労働者の福祉のための給付という位置づけのため、相手からの損害賠償と調整されません。つまり、休業損害を相手の保険から満額受け取ったうえで、労災の休業特別支給金(給付基礎日額の20%相当)は別途受け取れるのです。これは労災を使わなければ受け取れないお金であり、「労災も申請する」ことの分かりやすい実益です。

また、労災には慰謝料がないため、慰謝料は労災とは無関係に相手側へ請求できます。ここは調整の対象になりません。

どちらを先に使うか:判断の分かれ目

法律上、労災と自賠責のどちらを先に使うかは被害者側で選べます。実務では次のような判断軸が役立ちます。

  • 自分の過失が大きい事故 → 労災先行が有利になりやすい。自賠責には重過失による減額があり、相手の任意保険との交渉でも過失分が引かれるが、労災は過失で減額されない
  • 相手が無保険・自賠責のみ → 労災先行が安心。相手の資力を気にせず治療と休業補償を確保できる
  • 治療が長引きそうなケガ → 労災の利点が大きい。任意保険会社からの治療費打ち切りの打診に生活を左右されにくくなる
  • 軽傷で早期に治り、相手が任意保険に加入、過失もゼロ → 相手の保険への一本化で足りることも多く、労災申請の手間との比較になる(それでも特別支給金の分は労災申請の実益が残る)

手続き面では、交通事故のような第三者が関与する労災では「第三者行為災害届」を労働基準監督署に提出する必要があります。また、健康保険と労災は併用できない(通勤災害に健康保険は使えない)ため、受診時にどちらの扱いにするかを医療機関に伝える必要があります。

会社が「労災を使わせたくない」空気を出してきたら

通勤災害の場合、業務災害と違って会社の安全管理責任が直接問われるわけではなく、労災保険料のメリット制への影響も業務災害とは扱いが異なります。それでも「手続きが面倒」という理由で渋る会社は存在します。

知っておくべきことは次の3点です。

  • 労災の請求権は労働者本人にあり、会社の許可は不要
  • 会社には請求手続きへの協力義務がある(証明欄への記入など)
  • 会社が協力しない場合でも、労働基準監督署にその旨を伝えれば申請自体は可能

パート・アルバイトでも労災保険の対象です。雇用形態を理由に「労災はない」と言われた場合、それは正しくありません。

実際の申請はどう進めるか:最初の一歩だけ具体的に

労災の申請は、給付の種類ごとに所定の請求書を出す仕組みです。通勤中の交通事故で最初に関わるのは、多くの場合次の2つです。

  • 治療について:労災指定医療機関を受診し、通勤災害用の療養給付の請求書を医療機関経由で提出する。指定医療機関なら窓口での支払いが発生しない。指定外の病院にかかった場合は、いったん立て替えて後から費用請求する流れになる
  • 休業について:休業給付の請求書に、会社の証明(賃金や休業日数)と医師の証明を受けて労働基準監督署へ提出する

これに加えて、相手のいる事故なので「第三者行為災害届」を労働基準監督署に出します。この届には事故の状況や相手方の情報、相手の保険から受け取った金額などを記載するため、示談の前に労基署へ相談しておくと調整関係で混乱しません。相手の保険会社と先に示談してしまうと、その内容によっては労災給付が受けられなくなる場合があるので、労災を使う可能性があるなら、示談書に署名する前に労基署か弁護士に確認する——これだけは覚えておいてください。

書式はいずれも厚生労働省のサイトや労働基準監督署で入手できます。書き方が分からなければ労基署の窓口で教えてもらえますし、会社の総務・人事が手続きに慣れていることも多いので、まず「通勤災害として労災を申請したい」と伝えるところから始めれば大丈夫です。

弁護士に相談する意味があるのは、こういうとき

労災と自賠責・任意保険の組み合わせは、正直なところ一般の方が独力で最適化するのは骨の折れる領域です。次のような状況なら、交通事故と労災の両方の取扱いがある弁護士に相談する価値があります。

  • 後遺障害が残りそうで、労災の障害等級と自賠責の後遺障害等級の両方の申請が絡む
  • 過失割合に争いがあり、労災先行を含めた戦略を立てたい
  • 保険会社の提示額が妥当か、労災給付との調整後の受取総額で確認したい
  • 会社が労災手続きに協力しない

自動車保険の弁護士費用特約が使えれば、自己負担なく依頼できる場合もあります。相談先は弁護士を検索から探せますし、費用が気になる方は費用相場を先に確認しておくと相談がスムーズです。

通勤中の事故は、「相手の保険」と「労災」という2つの引き出しを持てる事故です。片方の引き出しを開けずに終えてしまうのは、それだけで損な選択になり得ます。まずは両方の制度が使えるかどうか、確認するところから始めてください。

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