深夜、警察署から「ご家族を逮捕しました」という電話。あるいは、突然自分が任意同行を求められ、そのまま逮捕。——多くの人にとって、刑事手続との接点はこうして何の準備もなく始まります。このとき、弁護士の知り合いもいない、お金の準備もない、何が起きているのかもわからない。それでも、たった1本の電話で弁護士を無料で呼べる制度があります。それが「当番弁護士」です。
この制度は日本全国の弁護士会が運営しており、逮捕された本人だけでなく、家族からも依頼できます。しかし知名度が十分とはいえず、「知らなかったので最初の数日を弁護士なしで過ごしてしまった」というケースが後を絶ちません。この記事は、逮捕直後の家族が今すぐ動けるように、時系列に沿った実践ガイドとして書きます。
当番弁護士制度の基本
当番弁護士は、逮捕された人のもとへ弁護士が1回、無料で接見(面会)に行く制度です。ポイントは次のとおりです。
- 1回目の接見は無料。相談料も交通費もかかりません
- 費用は弁護士会が負担する仕組みで、税金による国選とは別の制度です
- 逮捕直後から使えます。勾留を待つ必要はありません
- 誰でも呼べます。本人はもちろん、家族や友人からの依頼も受け付けています
- 待機している弁護士が派遣される仕組みのため、弁護士を指名することはできません
「1回無料」という点は誤解のないように補足すると、無料なのは初回の接見であり、2回目以降の接見や事件の受任(正式依頼)は有料です。当番弁護士は「最初の橋渡し」の制度だと理解してください。
呼び方:3つのルート
当番弁護士を呼ぶ方法は、立場によって次の3つがあります。
1. 本人が警察官・検察官・裁判官に伝える
逮捕された本人は、取調べの警察官などに「当番弁護士を呼んでください」と言えば、警察から弁護士会に連絡が行きます。逮捕時に権利の告知がありますが、動転していて聞き流してしまう人が多いのが実情です。もし家族と電話や面会ができない状況でも、この方法なら本人だけで完結します。
2. 家族が弁護士会に電話する
各地の弁護士会には当番弁護士の受付窓口があります。「(都道府県名) 弁護士会 当番弁護士」で検索すると受付電話番号が出てきます。電話では次の情報を聞かれるので、手元にメモを用意してください。
- 逮捕された人の氏名
- 留置されている警察署の名前
- わかる範囲での罪名(わからなければ「不明」で構いません)
- 依頼者(あなた)の氏名と本人との関係、連絡先
3. 家族が個別の法律事務所に相談する
当番弁護士を経由せず、最初から私選弁護人として依頼する方法です。急ぎで、かつ費用の準備があるならこの選択肢もあります。地域の弁護士は弁護士を検索から探せます。
当番弁護士が来たら何をしてくれるのか
派遣された弁護士は、留置場所で本人と接見し、おおむね次のことを行います。
- 逮捕の理由と今後の手続の流れ(勾留・起訴の見通し)の説明
- 取調べへの対応の助言(黙秘権の意味、供述調書に署名する際の注意など)
- 本人の言い分の聞き取り
- 家族への伝言(本人が孤立していないと知るだけでも大きな支えになります)
逮捕から勾留決定までは最大72時間あり、この間は原則として家族でも本人と面会できません。弁護士だけが立会人なしで本人に会えるのです。当番弁護士は、この空白期間に外部とつながる唯一の窓口といえます。
一方で、当番弁護士は初回接見の制度なので、その場で示談交渉や保釈請求まで進めてくれるわけではありません。継続的な弁護活動には、次の段階への移行が必要です。
接見のあとの3つの選択肢
当番弁護士の接見が終わったら、継続的な弁護をどう確保するかを決めます。選択肢は3つです。
- その弁護士に私選で依頼する:接見した弁護士に事件を正式依頼できます。人柄や説明を実際に確かめたうえで頼めるのが利点です。ただし受任するかどうかは弁護士側の判断もあります
- 法テラスの援助制度を使う:勾留前の被疑者には国選弁護人が付かないため、資力が乏しい人向けに、弁護士費用を立て替える援助制度(刑事被疑者弁護援助)があります。当番弁護士に「費用が難しい」と率直に伝えれば、利用できるか案内してもらえます
- 勾留後に国選弁護人を請求する:勾留が決まれば、資力の要件を満たす場合に国選弁護人を請求できます。費用面の負担は最も軽い一方、逮捕直後の初動には間に合いません
私選で依頼する場合の費用は事務所により異なります。着手金・報酬金の考え方は費用相場で確認しておくと、提示された金額を落ち着いて検討できます。
家族がすぐ確認すべきことリスト
電話を受けた直後は動転して当然です。次の項目だけ押さえてください。
- 留置されている警察署の名前(これが分からないと弁護士も動けません)
- 逮捕の罪名(警察が教えてくれる範囲で)
- 弁護士会の当番弁護士窓口への電話(受付時間外なら翌朝一番に)
- 本人の持病・服薬があれば警察署に伝える
- やってはいけないこと:被害者とされる人に家族が直接連絡すること。謝罪のつもりでも、証拠隠滅や圧力と受け取られ、本人の不利益になるおそれがあります。被害者への接触は弁護士を通してください
逮捕からのタイムラインと当番弁護士の位置
当番弁護士がなぜ「急ぐべき制度」なのかは、逮捕後の時間の流れを見るとわかります。
- 逮捕〜48時間以内:警察が取調べを行い、事件と身柄を検察官に送るかを判断します
- 送致から24時間以内(かつ逮捕から72時間以内):検察官が、裁判官に勾留を請求するか、釈放するかを決めます
- 勾留決定後:原則10日間、延長されるとさらに最大10日間、身体拘束が続きます。国選弁護人を請求できるのはこの段階からです
つまり、最初の72時間は「勾留されるかどうか」が決まる分かれ道でありながら、国選弁護人はまだ存在しない時間帯です。この間に弁護士が接見して取調べ対応を助言できるか、検察官や裁判官に勾留を避けるよう働きかけられるかで、その後の展開が変わることがあります。当番弁護士は、この空白にただちに弁護士を差し込める、事実上唯一の無料の仕組みです。
よくある質問
Q. 接見禁止が付いていても当番弁護士は会えますか?
会えます。接見禁止は家族や知人との面会を制限する処分ですが、弁護士との接見は妨げられません。むしろ接見禁止が付いた事件ほど、本人と外部をつなげる存在は弁護士しかいなくなります。
Q. 夜中でも呼べますか?
弁護士会の受付時間は地域により異なります。受付時間外であれば、翌営業日の受付開始と同時に連絡してください。本人は取調べの警察官にいつでも「当番弁護士を」と伝えられます。
Q. 外国語しか話せない場合は?
多くの弁護士会で通訳の手配に対応しています。受付の電話で言語を伝えてください。
Q. 当番弁護士に来てもらったら、必ずその人に依頼しないといけませんか?
いいえ。初回接見はあくまで無料相談であり、その後どの弁護士に依頼するかは自由です。別の弁護士を私選で探しても、国選を待っても構いません。
「呼ぶほどのことか」迷ったら
「大ごとにしたくない」「すぐ釈放されるかもしれない」と、当番弁護士を呼ぶのをためらう人もいます。しかし、初回無料で、呼んだこと自体が不利益になることはありません。手続が軽く済む見込みなのかどうかを判断するためにこそ、専門知識のある第三者の目が必要です。迷っているなら、呼ばない理由はほとんどないといえます。
また、「弁護士を呼んだら反省していないと思われるのでは」という心配も無用です。弁護人を依頼することは憲法で保障された権利であり、弁護士を付けたこと自体が処分で不利に扱われることはありません。むしろ、被害者への謝罪や弁償を適切な形で進めるためにこそ、弁護士という窓口が必要になります。
逮捕直後の72時間は、あとから取り戻せません。1本の電話でその時間に弁護士を送り込めるのが当番弁護士制度です。制度の存在を知っていること自体が、家族にできる最初の弁護活動だと考えてください。