高齢者・家族

生前贈与をめぐるトラブル|特別受益と持ち戻しの基本

弁護士マップ編集部
8分で読める

生前贈与は相続対策の代表格として語られます。ところが弁護士のもとに持ち込まれる相続紛争を見ると、生前贈与が争いを防ぐどころか、争いの中心になっているケースが目立ちます。

「兄さんは家を建てるとき親から援助してもらった。その分を差し引かずに遺産を半分ずつなんて、納得できない」――この一言から遺産分割協議が止まる。これが生前贈与トラブルの典型的な始まり方です。

この不公平感を調整するために民法が用意しているのが「特別受益」と「持ち戻し」という仕組みです。名前は硬いですが、考え方はシンプルです。この記事では、数字の例を使ってこの仕組みを理解し、そのうえで「贈る側」「受け取る側」それぞれが今できることを整理します。

特別受益と持ち戻しを3分で理解する

特別受益とは、ざっくり言えば「相続の前渡し」とみなされる贈与のことです。相続人の一部だけが親から大きな援助を受けていた場合、それを無視して残った遺産だけを分けると不公平になる。そこで、もらった分をいったん遺産に足し戻して計算し直すのが「持ち戻し」です。

数字で見てみます。

  • 父が亡くなり、遺産は3,000万円。相続人は長男と次男の2人(法定相続分は各2分の1)
  • 長男は10年前、自宅購入資金として父から1,000万円の贈与を受けていた

このとき、単純に3,000万円を半分ずつにすると各1,500万円ですが、持ち戻しの計算では次のようになります。

  • 遺産3,000万円+生前贈与1,000万円=4,000万円(これを「みなし相続財産」と呼びます)
  • 4,000万円×2分の1=各人の取り分は2,000万円
  • 長男はすでに1,000万円受け取っているので、遺産からは2,000万円−1,000万円=1,000万円
  • 次男は遺産から2,000万円

こうして「前にもらった分」を織り込んだ分け方になります。なお、持ち戻しは計算上の調整であり、長男が昔もらった1,000万円を現金で返す必要はありません(贈与額が取り分を超えていても、原則として超過分の返還までは求められません)。

何が特別受益にあたるのか:グレーゾーンこそ争いの本体

仕組み自体は明快ですが、実際の争いは「その贈与は特別受益にあたるのか」の入口で起きます。法律は「婚姻・養子縁組のための贈与」と「生計の資本としての贈与」を対象としており、おおまかな傾向は次のとおりです。

贈与の内容傾向
住宅購入資金・開業資金の援助特別受益とされやすい
結婚の際の持参金・支度金特別受益とされうる(金額や家の資産状況による)
大学の学費他の兄弟との均衡や家庭の資力しだい。全員が同程度の教育を受けていれば問題になりにくい
挙式費用そのもの特別受益にあたらないとされることが多い
日常の生活費の援助・小遣い扶養の範囲内なら特別受益にならないのが基本。ただし多額・長期なら争点化する
生命保険金(受取人指定)原則として特別受益ではないが、著しい不公平がある場合は例外的に考慮されることがある

見てのとおり、白黒はっきりする項目は少なく、金額・時期・家庭の資力・他の相続人との均衡によって評価が変わります。だからこそ、当事者同士の話し合いでは「あれは援助だ」「いや扶養の範囲だ」の水掛け論になりやすいのです。

持ち戻しを「させない」こともできる:免除の意思表示

贈与した親が「この贈与は相続分とは別枠。遺産分割で差し引かないでほしい」と考えるなら、持ち戻し免除の意思表示をしておくことができます。これがあると、原則として持ち戻し計算はされません。

意思表示は理屈上は口頭や黙示でも認められえますが、後から証明できなければ意味がありません。遺言書や贈与契約書の中に「この贈与について持ち戻しを免除する」と明記しておくのが確実です。

また、配偶者保護のための特例として、婚姻期間20年以上の夫婦間で自宅(居住用不動産)を贈与・遺贈した場合には、持ち戻し免除の意思表示があったものと推定される仕組みが民法に設けられています。長年連れ添った配偶者に自宅を贈っておく場面では、この推定が働くことも知っておく価値があります。

遺留分の世界では「10年」の線引きがある

もう一つ、混同しやすい論点があります。相続人には最低限の取り分として「遺留分」が保障されていますが、この遺留分を計算する際に算入される相続人への生前贈与は、原則として相続開始前10年以内のものに限るというルールが現行民法に置かれています(遺留分を侵害すると知って行われた贈与は別です)。

つまり、同じ贈与でも、

  • 遺産分割(特別受益の持ち戻し)の場面では、原則として何十年前の贈与でも対象になりうる
  • 遺留分の計算の場面では、原則10年以内の贈与に絞られる

という二重構造になっています。「古い贈与だからもう関係ない」とも「古い贈与も全部計算に入る」とも一概に言えないのは、このためです。自分のケースがどちらの場面の話なのかで、答えが変わります。

贈る側・受け取る側、それぞれの注意点

これから贈与する親の側

  • 贈与の事実と金額を書面(贈与契約書)に残す。日付・金額・目的が明確なら、将来の水掛け論を大幅に減らせます
  • 兄弟間の均衡を意識する。一人にだけ大きな贈与をするなら、その理由と、持ち戻しを免除するのかどうかを遺言書で示しておくと、遺された家族が争う余地が小さくなります
  • ただし持ち戻し免除をしても、遺留分までは奪えません。極端な偏りは別の紛争(遺留分侵害額請求)を招きうることは頭に入れておいてください

贈与を受けた・これから受ける子の側

  • 「もらった側」は将来、他の相続人から説明を求められる立場になります。使途の記録や契約書を保管しておくことが自衛になります
  • 逆に「もらっていない側」は、感情的に「使い込みだ」と決めつける前に、それが特別受益として調整可能な贈与なのかを冷静に検討するのが得策です。預金口座の取引履歴は、相続人であれば金融機関に開示を求められます

税金は別の話

なお、特別受益の話と贈与税・相続税の話は、まったく別の制度です。持ち戻しの対象になるかどうかと、課税されるかどうかは連動しません。税務面は税理士の領域なので、金額が大きい贈与を計画するときは、法務と税務の両面から確認するのが安全です。

証拠がすべてを左右する:今からできる調査と保全

特別受益の争いは、最終的には「贈与の事実をどこまで裏付けられるか」の勝負になります。主張する側・される側それぞれ、次のような資料が判断材料になります。

  • 預金口座の取引履歴:被相続人の口座から相続人の口座への振込記録は、最も客観的な証拠です。相続人であれば、被相続人の口座について金融機関に取引履歴の開示を請求できます(過去10年分程度が開示の目安とされることが多いですが、金融機関により異なります)
  • 不動産の登記記録:親から子への名義変更の履歴や、購入時期と資金の流れの照合に使えます
  • 贈与契約書・念書・手紙:金額だけでなく、贈与の趣旨(援助か、貸付か、持ち戻し免除の意図があったか)を示す資料になります
  • 贈与税の申告記録:申告がされていれば、贈与の事実と金額の有力な裏付けになります

注意したいのは、「貸したお金」と「贈与」の区別です。親が子に渡したお金が貸付(将来返す約束)だったのか贈与だったのかで、法的な扱いは大きく変わります。借用書がなく、返済の実績もない場合、どちらと評価されるかは他の事情から判断されることになり、ここも典型的な争点です。

争いになりそうなとき、誰に相談するか

生前贈与がからむ遺産分割は、事実関係の調査(いつ・いくら・何のために渡ったか)と法的評価(特別受益にあたるか・免除があったか)の両方が必要になるため、相続人同士の自力交渉では膠着しやすい分野です。

話し合いが感情論に入り込み始めたら、早い段階で相続の取扱い実績がある弁護士に見通しを聞くことをおすすめします。「この贈与は持ち戻しの対象になりそうか」「調停まで行った場合どうなりそうか」という第三者の見立てがあるだけで、無用な長期戦を避けられることがあります。弁護士を検索で地域の事務所を探し、依頼前には口コミ一覧費用相場も参考にしてください。

一方、争いがなく、贈与契約書の作成や名義変更の登記だけが必要という段階なら、司法書士や公証役場で足りる場面もあります。「争いの芽があるか」が、弁護士に相談すべきかどうかの分かれ目です。

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