裁判に勝ちさえすれば、あとは裁判所が相手からお金を取り立てて渡してくれる——多くの人がそう思い込んでいますが、現実は違います。判決が確定しても、裁判所が自動で動くことはありません。相手が任意に払わない場合、回収は勝訴した側が自ら申し立てる「強制執行」という別の手続きで行うのです。
そしてここに、債権回収の最大の壁があります。強制執行を申し立てるには、「相手のどの財産を差し押さえるか」を原則として申立人側が特定しなければなりません。相手の預金口座も勤務先も不動産も分からなければ、せっかくの勝訴判決は執行のしようがない紙になってしまいます。
この記事では、判決を「実際のお金」に変えるまでの全体像を、順を追って描いていきます。
第1の関門:債務名義と執行文
強制執行の出発点は「債務名義」です。これは強制執行を許す公的な文書のことで、代表例は次のとおりです。
- 確定判決、仮執行宣言付き判決
- 仮執行宣言付き支払督促
- 和解調書・調停調書
- 執行認諾文言付きの公正証書(金銭債権に限る)
債務名義を手にしたら、原則としてこれに「執行文」の付与を受け(裁判所書記官や公証人が行います)、さらに債務名義が相手に送達されたことの証明書を取ります。事務的な段取りですが、これがそろって初めて執行の申立てができます。
第2の関門:何を差し押さえるか
差押えの対象は、大きく3種類に分かれます。それぞれ性格がまったく異なります。
預金債権の差押え。もっともよく使われる手段です。銀行名と支店を特定して申し立て、差押えの時点でその口座にある残高から回収します。即効性がある一方、口座が空なら空振りですし、差押えは原則としてその時点の残高にしか及びません。
給与債権の差押え。相手の勤務先が分かっている場合の有力な手段です。給与は生活の糧であるため全額は差し押さえられず、原則として手取り額の4分の1まで(養育費等の請求では2分の1まで)という法律上の制限があります。金額は小さくても、相手が退職しない限り毎月継続的に回収できるのが強みです。
不動産の強制競売。相手が土地建物を持っている場合、競売にかけて売却代金から回収します。回収額が大きくなりうる反面、申立時に予納金として数十万円単位の費用を先に納める必要があり、手続きにも時間がかかります。住宅ローンの抵当権が残っている物件では、売却代金が先順位の担保権者に優先的に配当され、こちらまで回ってこないこともあります。
第3の関門:相手の財産が分からない
さて、本題です。財産の特定ができない場合のために、法律は2つの調査手段を用意しています。2020年施行の改正民事執行法で大幅に強化された部分であり、「逃げ得」への対抗手段として知っておく価値があります。
財産開示手続きは、債務者本人を裁判所に呼び出し、宣誓のうえで自分の財産を陳述させる手続きです。かつては罰則が軽く実効性を疑問視されていましたが、現在は正当な理由なく出頭しない・虚偽の陳述をするなどの行為に刑事罰(6か月以下の拘禁刑または50万円以下の罰金)が定められています。
第三者からの情報取得手続きは、債務者本人ではなく金融機関や公的機関に照会する制度です。
- 銀行など金融機関から:預貯金口座の情報(どの支店にいくらあるか)
- 登記所から:債務者名義の土地・建物の情報
- 市町村や年金機構等から:勤務先の情報(養育費や生命身体の損害賠償の債権者に限る)
「相手の口座を知らないから執行できない」という従来の壁は、この制度でかなり低くなりました。ただし勤務先情報の取得は上記のとおり債権の種類が限定されているなど、誰でも何でも調べられるわけではありません。
回収可能性は「訴訟の前」に考える
ここまで読むと気づくはずです。強制執行の成否は、判決の後ではなく、訴訟を起こす前の見立てでほぼ決まっているということに。相手に財産も収入もなければ、どれほど正しい判決を取っても回収は困難です。法律の世界には「無い袖は振れない」を制度で覆す仕組みはありません。
訴訟を検討する段階で、次の点を整理しておくことをおすすめします。
- 相手の職業・勤務先・収入源について知っていること
- 過去の取引で使われた振込先口座(振込明細は口座特定の貴重な手がかりです)
- 相手名義の不動産や車の有無
- 財産を処分・隠匿されるおそれ(あるなら訴訟前の仮差押えを検討)
どこから弁護士に頼むべきか
強制執行は書類の正確性が要求される手続きで、債務名義の種類、執行文、送達証明、第三債務者の特定など、つまずきどころが多くあります。少額訴訟債権執行のような簡便な制度を除けば、本人だけで完遂するのは骨の折れる作業です。
特に、財産開示や情報取得手続きまで見据えた回収戦略が必要な場合や、仮差押えを先行させるべき場合は、債権回収の取扱いが多い弁護士に早めに相談する価値があります。弁護士を検索では分野を指定して探すことができ、着手金や報酬の考え方は費用相場で確認できます。回収見込み額と費用のバランスを最初に率直に聞いてみてください。誠実な弁護士ほど、費用倒れのリスクをはっきり説明してくれるはずです。
判決は回収のゴールではなく、回収という長い坂道の入口です。その坂を登り切る道具立てが法律には一通りそろっている——このことを知っているだけでも、泣き寝入りとの距離は大きく変わります。