「婚約なんて口約束なんだから、破棄されても法的には何もできない」――そう思い込んで泣き寝入りする人が少なくありません。しかしこれは誤解です。
婚約は、法律上「婚姻の予約」として保護される契約の一種と考えられており、正当な理由なく一方的に破棄された場合、慰謝料や実際に生じた損害の賠償を請求できる可能性があります。 逆に言えば、破棄した側にも「請求されたら応じる義務があるのか」を見極める視点が必要です。
ただし、ここには二つの関門があります。「そもそも婚約が成立していたと証明できるか」、そして「破棄に正当な理由がなかったか」です。この記事ではこの2点を軸に、請求できるもの・できないものを具体的に見ていきます。
関門1:婚約は成立していたか――証明に使えるもの
婚約に決まった形式はありません。婚約指輪も結納も、婚約成立の必須条件ではありません。要するに「二人が真剣に結婚の合意をしていた」ことが示せればよいのですが、口約束だけでは水掛け論になりがちです。
実務でよく証拠として使われるものを、証明力の目安とともに挙げます。
- 結納を交わした・両家顔合わせをした:婚約の存在を示す有力な事情です。結納金の記録、顔合わせ時の写真や店の予約記録も残しておきましょう
- 婚約指輪の購入・授受:レシートや購入履歴、指輪を贈られた際のメッセージが残っていると強い証拠になります
- 結婚式場・指輪・新居の契約:式場の申込書や内金の領収書は、結婚に向けた具体的行動として重視されます
- 親族や友人への紹介:「婚約者として」紹介された事実を、第三者が証言できる場合があります
- LINEやメールでのやり取り:「入籍は来年の春にしよう」「式場どこにする?」といった具体的な会話は、結婚の合意を裏づけます
- 妊娠・同棲と結婚の約束がセットになっている事情
逆に、「いつか結婚しようね」程度の抽象的な会話だけでは、婚約の成立が認められない可能性が高くなります。交際が長いだけでは婚約にはなりません。
関門2:破棄に「正当な理由」はあったか
婚約が成立していても、破棄に正当な理由があれば損害賠償義務は生じません。ここが最大の争点になりやすい部分です。
正当な理由と認められやすい例
- 相手の不貞行為(婚約中の浮気)が発覚した
- 暴力や重大な侮辱を受けた
- 経歴・年収・婚姻歴など重要な事実について重大な嘘があった
- 相手が理由なく婚姻を長期間引き延ばし続けた
正当な理由と認められにくい例
- 「気持ちが冷めた」「他に好きな人ができた」
- 親に反対された(事情によりますが、それだけでは弱いと判断されがちです)
- 相手の親族との折り合いが悪い
- 性格の不一致という抽象的な理由
つまり、単なる心変わりによる一方的な破棄は、賠償責任を問われる典型例です。一方、破棄された側に原因(不貞など)がある場合は、請求してもむしろ立場が逆転することもあります。
請求できる損害の範囲
婚約破棄で請求しうるのは、大きく分けて次の二つです。
財産的損害(実際に払ったお金)
- 結婚式場・披露宴のキャンセル料
- 結納金・結納返し(返還の扱いは地域慣習や経緯にもよります)
- 新居の契約金や引越し費用のうち無駄になった部分
- 結婚退職してしまった場合の逸失利益(認められるかはケースによります)
領収書・契約書・振込記録が残っているものから積み上げるのが基本です。
精神的損害(慰謝料)
婚約破棄そのものへの慰謝料です。金額は、交際・婚約期間の長さ、破棄の経緯や態様(妊娠中の破棄、結婚式直前の破棄など悪質性が高いと増える傾向)、破棄された側の状況などを踏まえて個別に判断されます。相場を一律に語ることはできず、事案ごとの幅が大きい分野です。
なお、贈った婚約指輪については、破棄した側から「返してほしい」と言われるケースもあります。婚約指輪は「婚姻の成立を前提とした贈与」と考えられるため、誰の責任で破談になったかによって返還の要否の結論が変わりえます。
請求の進め方
- 証拠の整理:上で挙げた証拠を時系列で並べ、婚約の成立と破棄の経緯を説明できる状態にする
- 話し合い・書面での請求:まずは直接またはメール等で請求し、応じない場合は内容証明郵便で正式に請求する
- 合意できたら示談書を作成:金額・支払方法・清算条項を明記する
- 合意できなければ調停・訴訟:婚約破棄は家庭裁判所の調停(一般調停)や、地方裁判所・簡易裁判所での訴訟で争うことになります
相手と直接やり取りするのが精神的に難しい場合や、相手が「婚約などしていない」と全面的に争ってくる場合は、男女問題の取扱い実績がある弁護士に窓口を任せる選択肢があります。地域や分野から弁護士を検索できます。
請求しない・請求に応じないという選択も
正直なところ、婚約破棄の紛争は「証明の難しさ」と「回収できる金額」のバランスで、費用倒れになるケースもあります。証拠が乏しく請求額も大きくない場合、弁護士費用を考えると経済的には見合わないことがあります。その場合でも、内容証明の作成だけ依頼する、あるいは自分で少額訴訟や調停を申し立てるといった費用を抑えた方法もあります。費用感は費用相場を参考にしてください。
破棄された直後は冷静な判断が難しいものです。まずは証拠を消さずに保全すること。請求するかどうかの判断は、それからでも間に合います。