労働

会社から損害賠償を請求されたら|労働者の責任の範囲

弁護士マップ編集部
5分で読める

「退職したいと伝えたら、『今辞めたら損害賠償を請求する』と言われた」

「仕事でミスをして、会社の備品を壊した分を弁償しろと言われている」

「配送中の事故の修理代を、給料から引くと言われた」

こうした場面で、多くの人は「自分に落ち度があるのだから払うしかない」と考えてしまいます。しかし、先に結論を言います。

会社から労働者への損害賠償請求は、法律上、大きく制限されています。 全額の請求が認められることはまれで、そもそも請求自体が「脅し」として使われているだけのケースも少なくありません。

なぜ労働者の責任は制限されるのか

理屈はシンプルです。

会社は、労働者を働かせることで利益を上げています。人を使って事業をする以上、人がミスをするリスクも事業の一部として織り込むべきだ——という考え方(報償責任・危険責任と呼ばれます)を、裁判所は一貫して取っています。

利益は会社が取り、損害はすべて労働者に負わせる、というのはフェアではない。だから、労働者に落ち度があっても、会社が請求できるのは損害の一部にとどまる、というのが確立した判例の立場です。最高裁も、諸事情に照らして損害の公平な分担という見地から信義則上相当と認められる限度に制限されるとしています。

責任の範囲を考えるとき、裁判所は次のような事情を見ます。

  • 労働者の落ち度の程度(わざとか、重大な不注意か、うっかりか)
  • 業務の性質(事故が起きやすい業務か)
  • 会社側の対策(保険に入っていたか、教育や体制整備をしていたか)
  • 労働条件(その危険な業務に見合う待遇だったか)

単なる不注意によるミスであれば、責任が大幅に減額されるか、そもそも否定されることも珍しくありません。逆に、故意や飲酒運転のような重大な落ち度がある場合は、相応の負担を求められることがあります。

法律がはっきり禁止していること

損害賠償の話が出たとき、次の3つは明確に違法ですので覚えておいてください。

  • 賠償額をあらかじめ決めておく契約は無効(労働基準法16条)。「遅刻1回につき罰金1万円」「退職したら違約金50万円」のような取り決めは、そもそも法律違反です
  • 給料からの一方的な天引きは違法(労働基準法24条・全額払いの原則)。損害があったとしても、会社が賃金から勝手に相殺することはできません。給与明細に「弁償金」などの控除があれば、それ自体が問題です
  • 退職を理由とする損害賠償は基本的に成り立たない。退職は労働者の自由(期間の定めのない雇用なら民法上、申し入れから2週間で終了)であり、「辞めること」自体を損害と構成するのは極めて困難です

よくある3つのパターン別の考え方

パターン1: 仕事上のミスによる損害

上で述べた通り、責任は「公平な分担」の範囲に制限されます。特に、会社が対物保険などでカバーできた損害や、人員不足・長時間労働の中で起きたミスについては、会社側の落ち度も大きいと評価されます。請求額の根拠(見積書や修理明細)を出させることも忘れずに。

パターン2: 「今辞めたら賠償請求する」

引き継ぎが不十分なまま急に辞めた場合に理論上の賠償責任が絶対に生じないとまでは言えませんが、実際に会社側の請求が認められた例はごく限られています。会社は「損害の発生」と「退職との因果関係」と「金額」をすべて立証しなければならず、これは相当に困難だからです。多くの場合、退職を思いとどまらせるための心理的な圧力として使われています。

パターン3: 研修費用・留学費用の返還

「入社後○年以内に辞めたら研修費用を返せ」という特約は、グレーゾーンです。判例の傾向としては——

  • 業務と一体の研修(業務命令で受けさせたもの)の費用返還特約は、労基法16条違反として無効とされやすい
  • 労働者が自発的に希望した留学や資格取得で、会社が費用を貸し付けたという実態があり、一定期間勤務すれば返還を免除する仕組みなら、有効とされる余地がある

契約書の文言と、研修の実態(行かされたのか、自ら望んだのか)の両方で判断されます。書面を確認せずに払うのは避けてください。

それは請求ではなく「脅し」かもしれない——見分けるサイン

次のような特徴があるとき、法的に本気の請求というより、圧力目的の可能性を疑ってよいでしょう。

  • 金額の根拠となる資料(見積・明細)を求めても出てこない
  • 口頭でだけ言われ、書面が来ない
  • 「損害賠償」の話が、退職の申し出やパワハラの指摘の直後に突然出てきた
  • 「訴える」と言い続けているのに、いつまでも訴えてこない

もちろん、内容証明郵便で具体的な請求が届いた場合は、放置せず対応が必要です。

実際の対応手順

  • その場で支払いに同意しない・念書を書かない。一度「払います」と認める書面を作ると、後から争いにくくなります
  • 請求の根拠を書面で求める(何の損害か、金額の算定根拠、自分の行為との関係)
  • 証拠を残す。言われた内容の録音・メモ、給与明細(天引きの有無)、契約書や誓約書のコピー
  • 相談する。給料天引きや罰金制度は労働基準監督署の守備範囲です。内容証明が届いた、金額が大きい、裁判をちらつかせられているという段階なら、労働事件の取扱いが多い弁護士へ。弁護士を検索から地域で探せます。弁護士費用の考え方は費用相場を参考にしてください

最後に——「払ってから考える」だけはしない

会社からの損害賠償請求は、労働者側の無知を前提に成り立っていることが多い分野です。実際に支払い義務があるのか、あるとしていくらが妥当なのかは、あなたが思っているよりずっと労働者に有利な基準で判断されます。

不安をお金で解消するために言われるまま払ってしまうと、取り戻すほうがはるかに大変です。支払う前に、必ず一度、根拠を確かめてください。

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