匿名の投稿について、正反対の2つの誤解が広まっています。
1つ目は「匿名なんだから、誰が書いたかなんて分かるはずがない」という誤解。実際には、法律に基づく手続きで投稿者の氏名・住所までたどり着ける制度が整備されています。
2つ目は「開示請求すれば簡単に特定できる」という誤解。実際には、時間との勝負に負ければ特定は不可能になりますし、そもそも特定できないケースも存在します。
発信者情報開示請求を検討するなら、この両方を正確に知っておく必要があります。仕組みから順に見ていきましょう。
匿名投稿者はどうやって特定されるのか
匿名の投稿にも、技術的な足あとが残っています。特定は、この足あとを2つの事業者から順にたどる構造になっています。
第1段階:投稿されたサイト(コンテンツプロバイダ)への請求
まず、投稿された掲示板やSNSの運営者に対して、投稿時のIPアドレスとタイムスタンプ(投稿日時の記録)の開示を求めます。運営者は投稿者の本名を知らないことがほとんどなので、この段階で得られるのは「どの回線から投稿されたか」を示す情報です。
第2段階:接続プロバイダ(アクセスプロバイダ)への請求
IPアドレスが分かると、その回線を提供している通信会社(携帯キャリアや光回線の事業者)が判明します。次に、その通信会社に対して「この日時にこのIPアドレスを使っていた契約者の氏名・住所」の開示を求めます。ここで初めて、投稿者本人にたどり着きます。
各段階で事業者が任意に開示することはまれで、通常は裁判所の手続き(仮処分や開示命令)を使うことになります。
開示命令という新しい手続き
以前は、第1段階と第2段階でそれぞれ別の裁判手続きが必要で、特定までに1年近くかかることも珍しくないと言われていました。その負担を減らすため、法改正により「発信者情報開示命令」という手続きが新設されています。
この手続きでは、コンテンツプロバイダへの請求と接続プロバイダへの請求を一体的に、非訟手続というより簡易な枠組みで進められるようになりました。あわせて、プロバイダにログの保全を命じる「提供命令・消去禁止命令」という補助的な命令も用意され、手続き中にログが消えてしまう事態への手当てがされています。
どの手続きを選ぶかは事案によります。従来型の仮処分+訴訟の組み合わせが適する場合もあり、ここは実務判断の領域なので、ネットトラブルの取扱い実績がある弁護士に方針ごと相談するのが現実的です。
最大の敵は「ログの保存期間」
この手続きには、明確なタイムリミットがあります。接続プロバイダのアクセスログは永久保存ではなく、一般に数か月程度で順次消去されると言われているのです。
ログが消えれば、IPアドレスが分かっていても契約者にはたどり着けません。つまり、
- 投稿を見つけてから悩んでいる期間
- 第1段階の手続きにかかる期間
この合計がログの寿命を超えると、特定は事実上不可能になります。「特定するかどうかまだ決めていないが、可能性を残したい」という段階でも、早めに弁護士に相談して保全の手を打つ意味はここにあります。
特定できないケースも正直に知っておく
制度があっても、次のような場合は特定が難しくなります。
- ログの保存期間が過ぎてしまった場合
- 海外の事業者で、日本の裁判手続きに時間がかかる、または実効性が乏しい場合(大手SNSは対応実績が積み上がっていますが、無法状態に近い海外サイトも存在します)
- ネットカフェや公衆Wi-Fiなど、契約者と投稿者が一致しない回線からの投稿
- 投稿内容が「権利侵害の明白性」の要件を満たさない場合(単なる感想・批評・意見の域を出ない投稿は、不快でも開示が認められないことがあります)
最後の点は重要です。開示請求は「傷ついたから」ではなく「権利が侵害されたことが明らかだから」認められる制度です。どの投稿なら通る見込みがあるかの見立ては、相談時に弁護士に率直に聞いてください。誠実な弁護士なら「この投稿では難しい」ということも含めて説明してくれます。
特定できた後は何が起きるのか
開示によって投稿者の氏名・住所が判明したら、選択肢は主に3つです。
- 示談交渉: 弁護士名で通知を送り、謝罪・再発防止・慰謝料の支払いを求めて話し合う。実務ではここで解決するケースが相当数あります
- 民事訴訟: 交渉が決裂した場合に、損害賠償を求めて提訴する
- 刑事告訴: 名誉毀損罪や侮辱罪などでの処罰を求めて警察・検察に告訴する
なお、特定してみたら知人だった、というケースは実務上よく語られます。相手が誰であっても冷静に対応できるよう、心の準備はしておきましょう。
相談前に手元に揃えておくもの
弁護士への相談を最大限有効にするため、以下を準備してください。
- 問題の投稿のURL(テキストで)とスクリーンショット(日時・ID込み)
- 投稿を発見した日時のメモ
- 投稿内容が虚偽であることを示せる資料(あれば)
- 被害の内容(取引停止、体調不良で通院、退職を余儀なくされた等)が分かる資料
- 心当たりのある人物がいる場合はその情報
費用は開示手続きの段数や相手方事業者によって変わり、事務所ごとの差も大きい分野です。全体の考え方は費用相場を参照し、見積もりは複数の事務所で比較しても構いません。弁護士を検索ではネット問題の取扱いがある弁護士を地域から探せます。依頼先を絞り込んだら、口コミ一覧で依頼者の評価を確認しておくと判断材料が増えます。
要するに
発信者情報開示請求は「匿名の壁を法的に突破する制度」ですが、時間制限と要件のハードルがある制度でもあります。感情が動いているうちに証拠を保全し、特定の可否と費用対効果は専門家の目で早めに見立ててもらう。この2点を押さえれば、打てる手を打ち尽くせなかったという後悔は避けられます。