弁護士への不満と、懲戒の事由。この二つは重なる部分もありますが、同じものではありません。ここを取り違えたまま手続に進むと、時間をかけた末に「懲戒しない」という結論だけが返ってきます。
弁護士法56条1項は、懲戒を受ける場合をこう定めています。弁護士法や日弁連・所属弁護士会の会則に違反したとき、所属弁護士会の秩序または信用を害したとき、その他職務の内外を問わず品位を失うべき非行があったとき。
この条文をどう読み解くかが、出発点になります。
4つの入口がある
条文は懲戒事由を一つに絞っていません。実際には次の4つの入口があります。
- 法令違反——弁護士法をはじめとする法律に違反した場合
- 会則違反——日弁連や所属弁護士会が定める会規に違反した場合。職務基本規程や業務広告に関する規程もここに含まれます
- 秩序・信用を害する行為
- 品位を失うべき非行——職務の内外を問いません
このうち実務で幅広く使われるのが4番目です。あらゆる場面を条文に書き尽くすことはできないため、包括的な受け皿として置かれています。逆に言えば、条文を読んだだけでは何が該当するのか分からないということでもあります。
規律違反として語られる典型例
具体的にどのような行為が問題として取り上げられるのか。日弁連や各弁護士会が公表している資料、そして弁護士職務基本規程の内容から、繰り返し言及される類型を整理すると次のようになります。
お金に関するもの
預り金を自分の資金と分けずに管理する、預かった金銭を返さない、精算をしないまま放置する。依頼者の財産を扱う立場である以上、ここは最も厳しく見られる領域です。
事件処理に関するもの
受任したまま着手しない、期限を守らず権利を失わせる、依頼者に無断で手続を進めたり取り下げたりする、経過を尋ねても答えない。「放置」と呼ばれる類型で、依頼者からの申告として多い部分です。
説明に関するもの
処理していないのに「進めている」と伝える、不利な結果を隠す、報酬の内容を説明しないまま請求する。虚偽の報告は、事件処理そのものの失敗より重く見られることがあります。
立場に関するもの
相手方の側にも関与するなど利益が相反する状態で事件を扱う、弁護士資格のない者に事件を取り扱わせる、職務上知った秘密を漏らす。依頼者本人が気づきにくい類型です。
表示に関するもの
広告に関する規程に反する表示。客観的で合理的な根拠がないのに、特定の分野について優位性をうたう表示を行うことも、この規程との関係で問題になります。
不満ではあっても、事由にならないもの
一方で、依頼者が強い不満を持つ場面であっても、規律違反とは評価されにくいものがあります。
- 結果が思わしくなかった——敗訴した、望んだ額に届かなかった。裁判の結論は証拠と法律で決まるもので、結果そのものは弁護士の非行を意味しません
- 方針が自分の考えと違った——訴訟にすべきだった、和解すべきでなかった。方針の当否は判断の問題であり、依頼者に説明したうえで選択されているのであれば、後から結果論で評価することは困難です
- 態度が冷たい、話を聞いてくれない——人としての相性の問題は、規律違反とは切り離して考えられます
- 費用が高い——契約書どおりに請求されているのであれば、金額の高さ自体は事由になりません。問題になるのは、説明のない請求や契約と異なる請求です
ただし、境目に近いものもあります。「連絡が取れない」は、返信が遅いという程度なら不満にとどまりますが、数か月にわたって一切連絡がつかず事件が止まっているのであれば、放置として扱われる領域に入ります。程度と期間が判断を分けます。
「不満」を「事実」に翻訳する
請求を考えるときに必要なのは、感じたことを、いつ・何が・どうなったかという事実に置き換える作業です。
「不誠実だった」という表現は、そのままでは審査の材料になりません。「◯月◯日に着手金を振り込んだが、◯月◯日まで訴状が提出されていなかった」という形にすると、確認できる事実になります。前者は評価、後者は事実です。委員会が扱えるのは後者です。
手元にある材料——委任契約書、報酬の明細、振込の記録、メールやメッセージの履歴、書面の控え——を時系列に並べてみると、自分の不満が規律違反として説明できるものなのか、それとも別の手続で解決すべきものなのかが見えてきます。
費用の内訳そのものに納得できないという場合は、費用相場で一般的な構造を確認したうえで、契約書の記載と突き合わせるほうが早く整理できます。金銭の返還を求めたいのであれば、懲戒とは別の窓口が用意されています。