簡単な思考実験から始めます。同じ事件について、2つの事務所から次の提案を受けたとします。
- A事務所:着手金20万円、成功報酬は獲得額の10%
- B事務所:着手金0円、成功報酬は獲得額の25%
※数字はあくまで説明用の仮の例です。実際の料金は事務所により異なります。
仮に300万円を獲得できたとすると、A事務所の総額は20万円+30万円で50万円。B事務所は75万円。B事務所のほうが25万円高くなります。一方、獲得額が100万円にとどまれば、Aは30万円、Bは25万円でBが安い。そして獲得ゼロなら、Aは20万円の持ち出し、Bはゼロ。
つまり「着手金無料はお得か」という問いに、一般的な答えは存在しません。答えはあなたの事件の見通し次第であり、それを判断する唯一の方法が「総額での比較」です。この記事では、その比較を具体的にどうやるかを説明します。
ステップ1:自分の事件の「結果の幅」を把握する
総額比較の前提として、次の3つのシナリオを弁護士に聞いてください。
- 上振れした場合、いくらぐらい獲得できそうか
- 現実的な着地点はいくらぐらいか
- 下振れ・不成立の可能性はどの程度あるか
初回相談の段階で正確な予測は不可能ですが、経験のある弁護士なら「幅」は示せます。逆に、根拠を示さず高額な獲得見込みだけを語る事務所には注意してください。見込みを楽観的に語るほど、成功報酬型の契約は取りやすくなるという構造があるからです。
ステップ2:3つのシナリオごとに支払総額を計算する
見積もりを受け取ったら、上の3シナリオそれぞれについて「自分がいくら払い、手取りがいくら残るか」を計算します。このとき、次の費目をすべて含めてください。
- 着手金(無料の場合は0)
- 成功報酬(計算基準が「獲得総額」か「増額分」かを必ず確認)
- 実費(印紙、郵券、記録取得費など)
- 日当(期日出頭や出張ごとの費用)
- 相談料や事務手数料などの固定費
- 消費税
計算を面倒がらないでください。ここで30分かけるかどうかで、数十万円単位の差が生じることがあります。誠実な事務所であれば、頼めばこの計算を一緒にやってくれます。「◯◯万円獲得の場合の私の手取り額を書面で示してもらえますか」と依頼するのが確実です。
ステップ3:「費用倒れ」ラインを確認する
総額比較で最も重要なのが、費用倒れ(弁護士費用が獲得額を上回り、依頼すると損になる状態)のラインです。
- 着手金ありの契約:獲得額が少ないと、着手金の分だけマイナスになるリスクがある
- 着手金無料の契約:獲得ゼロなら支払いもほぼゼロだが、実費・日当が別途なら完全なゼロではない
「獲得額がいくらを下回ると依頼しないほうがましになるか」を、契約前に数字で確認してください。この質問に正面から答えてくれるかどうかは、事務所の誠実さを測るリトマス試験紙にもなります。
見積書・契約書で見落としやすい5つのポイント
総額計算の際、次の点は特につまずきやすい箇所です。
- 「経済的利益」の定義:獲得総額基準か、相手の当初提示額からの増額分基準かで、報酬額は大きく変わります
- 最低報酬額の設定:「報酬は◯%、ただし最低◯◯万円」という条項があると、少額事件では実質的な料率が跳ね上がります
- 段階ごとの追加着手金:交渉から訴訟に移行する際に追加費用が発生する契約があります。「訴訟になったら総額はどう変わるか」を確認してください
- 中途解約時の精算条項:途中で解約すると作業分の費用を請求される契約が一般的です
- 報酬の支払時期:回収金から差し引く方式か、別途支払う方式か。手元資金への影響が変わります
「無料」という言葉の範囲を確認する
「相談無料」と「着手金無料」は別物です。さらに「着手金無料」でも、上で見たとおり実費や日当まで無料とは限りません。広告の「無料」がどこからどこまでを指すのかは、電話や面談で最初に確認すべき事項です。
また、着手金無料をうたう事務所が悪いわけではまったくありません。手元資金がない依頼者にとって、着手金無料は事実上唯一の選択肢になることもあります。問題は「無料」という言葉だけで比較検討を打ち切ってしまうことです。
複数事務所での相見積もりは失礼ではない
「見積もりを比べるなんて弁護士に失礼では」とためらう方がいますが、委任契約は数十万円から数百万円の取引です。複数の事務所で相談し、料金体系と見立てを比較するのはごく真っ当な行動で、まともな弁護士は相見積もりを理由に態度を変えたりしません。
比較の際は、費用相場で分野ごとの費用の考え方を頭に入れたうえで、弁護士を検索から同じ分野の取扱いが多い事務所を2〜3件選び、同じ資料・同じ説明で相談するのがコツです。条件をそろえないと、見積もりの差が「料金の差」なのか「事件の見立ての差」なのか判別できなくなります。
この記事の要点
- 着手金無料が得かどうかは、事件の結果次第。一般論では決まらない
- 上振れ・現実線・下振れの3シナリオで支払総額と手取りを計算する
- 経済的利益の定義、最低報酬、追加着手金、中途解約条項、実費の扱いが落とし穴
- 「いくらを下回ると費用倒れになるか」を契約前に数字で確認する
- 同条件での相見積もりは正当な自衛手段
料金の話を丁寧にできる関係は、その後の事件処理の質にもつながります。総額の質問を歓迎してくれる弁護士かどうか、という観点で相手を見てみてください。